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聴力のもっと奥

文章にしてみたら結構な長文になったので、そういえばブログなんぞ持ってたなと思い出したので久しぶりに更新します。
何がどうというよりは、一時期ガチで聴力を失いかけた2013年9月半ばから年末までの事を思い出し、またそろそろ書いていいかなと思った分も含め衝動的に文章にしています。

先日、この本を読んだ。



僕ら世代にとってSPEEDといえば、大人気グループで男子にも女子にも人気のあった。僕はメンバーの誰かとか、そういうのは当時のモー娘。から全く無く、なんとなくいいなーかっこいいなーとかなんとなくの周りの流行りに乗っかって、TSUTAYAの会員証を作ってはCDSを借りて、買ってもらったばかりのCDラジカセで一生懸命カセットテープに録音していたのを覚えている。(これがこじらせて、木曜AM4時半の同い年の女の子のラジオ番組に感化されて、異様な時間から活動する異様な中学生になるが、この頃からある種の重症だったとは思う)
で、この本「おやこ劇場」は今井絵理子さんが書いた、重度の聴覚障害を持ち産まれた男の子「礼夢(らいむ)君」との生活を描いた、面白おかしくちょっぴり涙腺に来るエッセイ本だ。2P前後の漫画に2P前後の母親の言葉のエッセイ文の繰り返しでスラスラ読める。絵柄がなんかクセになる。

いろいろ縁があったせいか二十歳前後の頃、ろう学校にボランティアで訪れた事がある。
いろいろ誤解を恐れず書けば、さっぱりわからない。
何がわからないって、この子供達にどこに障害があるのかという事。
何の入れ知恵も無ければこれは誤解するとはっきり思い、自分が恥ずかしくなった事を覚えている。
ボランティアの皆さんが手話と合わせて人形劇を行うというもので、僕は舞台の裏側でちょっと重い舞台の背景やらなんやらとにかく地味な事をやっていた。たまにガヤもやった。舞台の傍で手話で子供達に語りかけてはいるのだけれど、基本的にみんな声は出している。耳が聞こえないという事を当たり前として精一杯生きている子供達に声をかける。
劇の後の、子供達のお母さん方はちゃんと「今日は楽しかった?」「先生にあいさつできた?」と子供の目を見てちゃんと声をかけながら手話をする。それがとても暖かいものに見えた。当時二十歳そこそこの若造にはどこか、遠い景色に見えたのである。

話は飛んで2013年9月の半ば、仕事もプライベートでもグッチャグチャだった頃にストレスが限界に出たのか何なのか、右耳に激痛が走ったのね。定時に逃げるように帰って、耳鼻科に飛び込んで痛み止めをもらって、鼓膜の周りに粗めの紙やすりをグリグリされているようなそんな痛み(いや、激痛か)に、シャレでもなんでもなく気絶するように寝たのを覚えている。
結果、鼓膜の周りの血管が破裂して、菌が混じったとかで結局両耳とも聞こえたり聞こえなくなったりして、イヤホンつけてもつけなくても変わらないって症状に戦慄が走った。
で、これって話してもお医者さん以外には伝わらないのよ。
想像がつかんとか抜かすからさ。
自分もそうだけど、大人ってほんと他人事に対して想像力を持たないのよ。
出来てるつもりで結局自分のものさしから先の事を想像するのを止めるから。
たち悪い事に自覚が無いのよ。で、これは誰も攻める事は出来ないっぽいのね。
結局、耐えるしかなく、内服薬と点耳薬の組み合わせの正解を見つけるまでの約3ヶ月はほんときつかった。

でも不思議な事に何となくだけどそれでも生活出来たのよね。
聴力は間違いなく落ちている。真後ろ30cmに迫った車の音に気づかないとか慣れるまではザラだった(よく事故もなく生き残れたもんだ)。
そんな中、生活もかかってたし色々人生狂った時期だったけど、耳というか「音」に対して研ぎ澄まされる感覚をコツと覚えて、生き残る為の術として今では不思議でやろうとしても出来ないんだけど、音を物理的に拾う事を身体が覚えるの。
どうせ伝わらないと思うけど書くと、背中を通して耳の内側を叩いて脳に伝える。
ほれ、わからないでしょ。

微妙に違うかもしれないけどさ、ある種似たような経験をしてしまったから少なくとも一つの形で肉体的に理解したけど、生まれて「音」というものに縁が無い事を義務付けられた子供達は、これを先天的に覚えているのだと思う。
小綺麗な言い方をすれば、心で感情を拾う事に長けている。
当時の子供達がずっとニコニコしていた、また先生やお母さんがたが手話に合わせて声を出すのは、子供達が新しい何かを拾う術を知っている、信じていると分かるからこそ、ニコニコしていたのだと思う。
身体的には健常とは判断出来ないかもしれないけど、親しい者に肉体的にも精神的にも温もりを知る事が出来れば間違いなく健康。
少なくとも僕よりは健康なのかもしれない。

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音を、振動として身体で体感するということなら、なんとなく意味は伝わりますよ
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