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ピンポン、春が終わる

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(2014/08/27)
片山福十郎、内山昂輝 他

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アニメの感想って苦手なんだけど。。。
というより漫画も含めての感想みたいだけどまいっか。

ピンポン最終回を観終わってそのまま書いている。
松本大洋先生の絵がそのままアニメになると知ってものすごく楽しみにしていた。
その物語が終わった。久しぶりにアニメに夢中になったと思う、本当に毎週楽しみにしていた。
ぽっかりと穴が空く気持ちだけど、ラストシーンの彼らのように迷いが無い気持ちだ。

記事タイトルは原作の最終回のタイトルなのね。なんとなくこれにした。
「僕の血は鉄の味がする」も好きな言葉だけどそのままこれがくるとは思ってなかった。面白い。

血と鉄というのはさ、対比であってそうでないところがあって、これ12年ぐらい前に原作読んだ時にも思ってた事だったんだけどね、「血=赤く、熱く、心が高ぶる」「鉄=硬く、冷たく、冷静である」って、真逆の印象を持つんだけど、このタイトルのように、血の中に鉄は生きていると考えると歪ながらも決して交わらないわけではないと気付くのね。
「友情」って言葉をさらっというのも恥ずかしいけどさ、友達ってのは適当な時間会わなくても大丈夫な関係だと思うのですよ。血と鉄のように同じ領域にいて落ち着くようなものでさ、知らんふりしてても心情で理解できる部分が根っこにあると思うのね。
だから、ペコとスマイルは笑ったと信じてる。

このお話は卓球スポ根だけど、主人公のペコ、スマイルを中心に、チャイナ、アクマ、ドラゴンの5人のもがきにもがいた青春群像に一貫してる。必ず誰かに自分を重ねてしまうんじゃないかな。
唐突に始まるラスト(原作では最終話)で、すごく爽やかに成長している彼らがいるのね。
プロになる者、這い上がる者、才能を捨てても幸せになる者、家庭を持つ者、気付く者・・・例えはたくさん出てきても尽きない想像が出来るってのは、それだけ彼らが抱え込んできたものを受け入れる懐の広さを得ることにより、大人になったという事なのだと思う。
「春が終わる」ってのは青春の終わりを指してるのかもしれないが、それでも「また夏が来ますね。賑やかになりますね」って言えるだけ、大丈夫。彼らはもう大丈夫。

もうすぐ夏ですね。
また、暑くなります。

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フルボイスってやつから。

たまに某人とお話したりスト4する機会はあるんだけど、こないだ珍しくこの件が話に上がる。
だいぶ久しぶりにこのタグで検索して、顔ぶれも変わったのは当然なんだけど、やっぱり編集に非常に凝ってるのがとても印象的。
もともと自分のは、実況プレイやらフルボイスやらのジャンルの固定感が無く、なんとなくディズニーのゲームをヘラヘラ楽しく遊んでただけで今でも思うけど結構大げさな事になってきて、それでまぁぶちゃさんをはじめいわゆるフルボイスってジャンルで活動してらっしゃる方と交流を持つようになって。。。という流れなんで、本音言えば当時からずーっと未だにどこか第三者目線なところがある。

そんな目線でいうと、もう知ってるジャンルじゃなくて同じ名前の別物になっちゃったなぁと思うのね。
久しぶりに実家帰ったら、知ってる店が潰れて新しい店になってたっていう感じ。

良い意味でって付け加えるけど、実際クオリティの高いものはいいんだろうけど、なんていうかド素人がたまにホームラン打つからこういった、ユーザー投稿型でソーシャルな多面性を持つメディアは面白いと思うのね。
ずーっとそう思ってたのね。

「面白くて、すごくて当たり前」って思われて、さらにすごいのを排出する人を素直に凄いとは思うけど、それに釣られて一緒にハードルを上げる事に無意識か義務感を覚え、感じるユーザーが双方ともに増えるのはなんだか妙に寂しいのね。ああ、これこのジャンルに限った話じゃないか。
かつてのホームランが今では地元ルールでせいぜい二塁打扱いになってたっていうか。

発展といえばそれまでなんだけど、寂しさを覚えるって事はそういうものなんだろうなぁとどこか冷め切ってしまう。いや、ほんと寂しいんだけどねこれ。
懐古主義に陥る癖は減らしたいと思うけど、どっちが面白いかってなると・・・

ディズニーゲームの動画に対して、たまーにしか編集かけてなかったのは、ただゲームやってるだけという点で個人では完結してるので、労力をかけるのはなんか違うって・・・そういう付き合い方ぐらいがちょうどいいからネタ切れまで出来たと思うのね(こっそり続いてるけど)。
そんな人間だと、こんなん考えてしまうのです。

ニーズから外れてるんだろうなぁさびしいなあ。
なんでもいいからまた、打線の違う好きになれそうなホームランが見てみたいと思うよ。

落ち上がる音。



投稿して3ヶ月経ってましたが、書いておく。

カセットテープから音源をmp3として保存できるツールを買ったので真っ先にこれを出したのです。
2001年3月29日放送。放送時間午前4時30分。

たまーに、時々ラジオの思い出と題した内容でお話する機会はありましたが、当時からラジオに親しむやや根暗な性根ではあったので、これを初めて聞いた時は結構な衝撃でした。
時間が時間で、どうして聞いたのかはあまり覚えてないですが、当時受験生だったのでたぶん早起きして勉強したほうが入るぜって手段に逃げた時にでも見つけたのだと思います。
当時、14歳〜15歳ぐらいの若く、感受性も激しい時期にこんなん聞いてたらいろいろ根付くわけで、人間に生涯で持つ数少ない「価値観」というところに落とし込まれた部類にはなったと思う。
いかんせん静岡県浜松市ではドマイナーすぎてとうとう周りに知ってる人は一人も見つからなかったのではないかと思う。その後付き合った彼女もどうもピンと来ない感じで寂しかったのも覚えている。

最終回をちゃんと生放送で聞いて、涙が出るような衝動は一切なかった(?)けど、うっすらと空が明けていくカラーと、肌に感じる冷たい気温が落ち着く感覚がピッタリに思えた。
久しぶりにこれを取り出して、彼女が言う事に今も当時と同じものを感じるか?と問われると疑問だけれども、それでもこのラジオが放つ凛々しさは今も変わらない。

当時から大切に出来ているものはあまり多くないが、まだこう思える感慨に新鮮さを感じる。
ああ、楽しいなあ。

林檎マークの市民権を得た話

MacBook Airを買った。もう5日目になる。

この記事もマックで書いている。
この軽さはなにかを起こしたくなる気にさせてくれる。

学生の時には授業にはマックを使用していたが、社会に出てからはずっとWindowsでした。
古くからのマックユーザーには私がマックを買ったことを驚かれました。
それほど縁がないようにも思われていたのかと。。。
久しぶりにコンピュータに対して初々しい気持ちで、膝の上に乗せても全く苦にならない大きさと重さに心地よささえ覚えながら、あれこれと触っている。
iPadが埃をかぶってしまいそうだ。それだけの軽さとレスポンスを実感する。

とはいえ、決してWindowsを捨てるつもりは毛頭ない。実作業はソフトの量など、選択肢の幅では圧倒的にWindowsが上なのはわかっている。
Macは世界一高機能ではないかもしれないが、世界一美しいコンピュータという言葉を思い出す。
要は使い分けができればいいのだ。

かなり広い空間に何を置いてもいいのがWindows。
高級家具が全て揃ったMac。

このたとえが最もしっくりくる言葉だと強く覚えている。まさにその通りだと思うのだ。

冒頭にも書いたが、何か新しい事をしたくなる期待感がある。
そしてそれに答えてくれるポテンシャルを感じている。
スタンダードになるとまでは言わないが、欠かせない片腕になるのではと期待している。

と、それなりに自分にとってはちょっとした事件なAppleコンピュータを我が家に迎えた件を、留めておきたいと思いその衝動のままこれを書いている。いい買い物をしたと思った。

MBAから

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